そしてまた考える

今日も色々作業をして、吸収した。歌詞の詰め、練習の日取り、年内の作業の計画など。吸収する事で、また新しいアイディアも浮かぶ。
今耳に入ってきたこの音楽も誰か、同じ人間が、完成させている物だと思うと、最終的にはやはり手を抜かない事や細かく詰めていく事に重きを置いていけば何かしらは残せるのではないだろうか、と錯覚してしまったが、何事もそう甘くは無い。それこそ夢。 
隙間無く音が何処か鳴っていて、休符をふんだんに使用したいのだが、なかなか難しい。 


私はここ半年くらい、定期的に美容室に通っている。最寄駅に近い場所に幾つか美容室があって、その中の一つである。今日もとても満足した。美容室に行くと気分がリフレッシュする。髪の毛がサラサラで気分が良い。昨日までと全く違うのだ。持続できればいいのだが、なかなか難しい。 

難しい事ばかり考えていた時に、感動するプレゼントが届いた。離れてもこんな風に優しくしてくれる方々というのは、本当に大事にしたい。
環境が変われば、様々な人に出会う。会おうとしなければ、会わない人も増える。会えなくなるのは、自分が何処か違う場所に行った時や、誰かが何処かへ行った時だろう。そして、その流れを食い止めるのは、流れに反するだけの体力が要る。

他人に関心が無い訳では決してない。見えない網を使わないようにしたいのだ。特に、流行は移り変わりが激しい。誰かの中の流行だって、そう。私だって、そう。いつまでも一つの音楽を聞き続ける方は勿論いらっしゃると思うが、そうじゃ無い方もいらっしゃる。好かれる事ばかりを考えていたら、引っ張られてしまう。誰かの専属音楽になるならば、せめて自分が脈打つ物を発していたい。(より多くの人に聴いていただけるように動くことも、勿論大事。)
岸に上がり流れを眺める事が出来るならば、強いのだろうか。私には、到底難しい。